ジミー・カーター元米大統領100歳 歴代初 ノーベル平和賞受賞者

時事ネタ

アメリカ合衆国では、もうすぐ大統領選挙が控えています。カマラ・ハリス(民主党)が候補になるのか、それともドナルド・トランプ(共和党)が再び選ばれるのか、その行方は日本や世界にも大きな影響を与えることでしょう。

その大統領職をかつて務めたジミー・カーター氏が、去る10月1日に100歳を迎えました。歴代のアメリカ大統領の中で、100歳を迎えたのはカーター氏が初めてだそうです。

第39代大統領

元々海軍の技術者だったカーター氏は、1961年にジョージア州上院議員に立候補し当選。1971年にはジョージア州知事となります。州知事として実績を重ねたカーター氏は、1976年にアメリカ合衆国大統領選挙に民主党候補として出馬しました。

当初は「ジミーって誰だ?」という言葉が流行するほど知名度が低かったようですが、ウォーターゲート事件によって疲弊した政治の刷新を求めるアメリカ国民に、クリーンなイメージと満面の笑みをアピールしたカーター氏は、1976年5月の世論調査で現職のジェラルド・R・フォード大統領を上回る支持を得て、本選でも勝利を収め、第39代大統領となります。

カーター氏は、就任式において議事堂からホワイトハウスまで歩いて就任パレードを行った初の大統領で、このパレードが好評であったため、以降多くの大統領がこれに倣っています。

しかし、内外政ともに失政が続き、1980年の大統領選挙では共和党候補のロナルド・レーガン氏に大敗し、わずか一期で政権の座を失ってしまいました。

退任後に積極的な外交活動を

大統領時代には芳しい成果を出せなかったカーター氏ですが、退任後は非政府・非営利組織のカーターセンターを設立し、世界平和・疫病撲滅・希望構築などの積極的な外交活動を行いました。

以下にその実績をいくつか挙げます。

  • 1994年 北朝鮮とアメリカとの間で「核開発疑惑」による一触即発の危機に陥った際、ジェームス・レイニー駐韓アメリカ大使の要請を受け、アメリカが衆国大統領経験者として初めて北朝鮮を訪問して金日成主席と会談。北朝鮮の核開発凍結と査察受け入れで合意し、同年の米朝枠組み合意に繋げた。
  • 2002年5月 キューバを訪れ、同国最高指導者のフェデル・カストロと会談。キューバ革命以後、初めてキューバを訪問したアメリカ合衆国大統領経験者となった。
  • 2010年8月 再び北朝鮮を訪問し、同国への不法入国罪で服役していたアメリカ人のアイジャロン・ゴメスを釈放するよう交渉を行い、特赦。ゴメスと共に出国した。

これらの功績が評価され、2002年にはノーベル平和賞を受賞しました。「数十年間にわたり国際紛争の平和的解決への努力を続け、民主主義と人権を拡大させたとともに、経済・社会開発にも尽力した」ことを評価されたのです。

満100歳を迎える

カーター氏の活躍は、大統領就任時よりも退任後に真骨頂がありました。

日本の首相経験者の中で、在任中以上に内外政に貢献した方はいるのでしょうか。「悪い意味」で権勢をふるい、「キングメーカー」として君臨した方々は多くいますが、誰とは言いません。(笑)

先日退任された岸田文雄氏には、カーター氏に少し似た雰囲気があります。岸田氏が3年間の在任中に業績を残していないとは思いませんが、世間的なイメージではカーター氏に近いように感じます。退任後に「キングメーカー」になる可能性もありますが、ぜひそういう存在ではなく、世界平和や日本の将来に向けての活躍を期待したいと思います。

カーター氏に話を戻すと、現在は癌を患っているそうです。昨年2月にはジョージア州プレーンズの自宅でホスピスケアを開始しています。

1日に誕生日を迎えた際、バイデン大統領は祝辞を送っています。「私たちの国に対するあなたの希望に満ちたビジョン、より良い世界へのコミットメント、そして人間の善の力に対する揺るぎない信念は、私たち全員にとっての指針であり続けている」と述べています。

カーター氏のように、退任後に自らの行動を良い方向に生かす方が今後の政界にも多く現れてほしいと思います。また、カーター氏が100歳を過ぎてもますます健勝でいらっしゃいますようお祈り申し上げます。

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