2024年最後のブログ更新となります。この記事を書いているのは前日の12月30日ですが、風邪をこじらせ、頭がぼーっとした中での更新となります💦
この半年ほど、毎日ブログを更新してきましたが、内容は正直お粗末なものかもしれません。実際、他のブロガーさんたちと比べると、テンプレートやデザインも地味ですし、何を伝えたいのか自分でも分からなくなることがあります。いろいろなテーマに手を出しすぎているせいでしょうね。(笑)
でも、これこそが「私、エーショー西郷」らしさだと、ちょっと開き直っています。
※ 当該写真は「pixabay」から抜粋したものです
今日は「捨てるべきもの 変えるべきもの 守るべきもの」というテーマで書いてみました。この考え方は、私たち一人ひとりのライフスタイルや人生において必要なものですが、それ以上に、今の日本全体がこの取捨選択を苦手にしているような気がします。少しでも自分も日本も良くなるように、そんな思いを込めて書いています。
ただ、これはデータなどに基づいたものではなく、あくまで私個人の勝手な意見ですので、ご了承くださいね。…こういうスタイルだから、いつまでたってもアクセス数が伸びないんでしょうけど。(笑)
取捨選択の重要性を私も日本もわかってない!
いきなり衝撃的なタイトルだが、「取捨選択」ってマジに大事な。
なんか色々得ようとして捨てられず、変えることも出来ず、どうで
もいいことを保持しちゃって、結局変えることが出来ず…。
日本もこれで低迷しちゃったんだろうな。どうしたもんかね。
結局のところ、私も日本も、捨てるべきことや変えるべきことを的確に把握できていないのかもしれません。あるいは、把握できたとしても、自分の中にある「保守性」が邪魔をして、変えることができないのでしょう。その結果、どうでもいいように思えるメンツにこだわり、さほど有用ではないものを保持し続け、何も変えられないまま、ひたすら低迷の道を進んでしまうのです。
ただ、人間というのは基本的に保守的な生き物ですよね。そう簡単に、これまでしみついてきたものを変えることなんてできないのだと思います。
特に日本人はその特性が強いように思います。四方を海に囲まれた島国であることも影響しているのでしょう。とはいえ、日本は海洋国家として世界をまたにかけるほどの活動をしてきたわけでもなく(する必要もさほどなかったので)、閉鎖的な側面が強い。その結果、「別にいいじゃん」といった感覚で、変化が遅れがちなのではないでしょうか。ただし、変えないことが必ずしも悪いわけではありません。不変のものを大切にすることの重要性も、広く指摘されています。
とはいえ、日本人はその「不変のもの」の取捨選択が非常に苦手だと感じます。たとえば、ネット右翼の皆さんは明治以降の大日本帝国が成立した頃の価値観を守りたがる一方で、江戸時代以前の風習や文化にはさほど理解がなく、むしろ軽視しているように見えます。(少し言い過ぎかもしれませんが。)
変えられない日本人のメンタル
日本人がなぜ変革することが苦手なのか?
もうAIに聞いちゃったよ。(笑)
以下の通りに回答してくださいました!
「日本人も私も変えることができない」という理由について
1. 保守性や現状維持バイアス
- 人間は基本的に「今の状態が安全で快適」と感じると、それを手放すのを怖がります。日本社会では特に「失敗を避ける」文化が根強いため、リスクを伴う変化を避ける傾向があります。
- 個人でも「変化」による不安や恐れが、行動を抑制してしまうことがよくあります。
今の日本も俺も、「今の状態が安全で快適」じゃないんだけどな。
ただ俺は、早期退職して「今は安全じゃない」状態に追い込んだ面があり、これで「変わらなくちゃ!」と思えるようになったのは大きい。
日本はなんだかんだ言ってもまだ普通に生活できてるから、その辺が弱くなるんだろうな。でもこのところの物価上昇や治安悪化などはもう洒落にならない。いい加減変革しよう、怒ろう!
2. 集団主義の影響
- 日本人は「和を重んじる」文化が強く、個人よりも集団の調和が優先される傾向があります。このため、自分一人が変わろうとすると「浮く」ことへの恐れが働き、結果として現状維持が選ばれがちです。
- 個人でも「周りがこうだから自分も」という心理が働き、変化を起こす勇気が削がれることがあります。
「和を重んじる」って一見大事に思えるけど、色々妥協の産物にしか思えないな。「和」というか、自分が目立ちたくないというか、そういう意味での「和」じゃなかろうかね。私はどうかと言われると、あまり重んじていない人間かも。だから友人が少ないんだよ。(笑)
3. 歴史的・地理的背景
- 島国である日本は、外部からの影響を受けにくい環境にあり、閉鎖的な側面が発展しました。その結果、外部の刺激に乏しく、変化が起こりにくい社会構造が形成されました。
- 個人でも、自分の環境や経験が限られていると、新しいアイデアや刺激を受けにくくなり、現状に留まりやすくなります。
結局、江戸時代の鎖国もそうだし、今の日本もだろうけど、外国からの影響が少ない歴史だったんだよね。いや、正確に言うと影響があっても、それが影響だと認識してないというか。それだけ泰平の時代が続いたことは良いことだけど、それと並行して学ぶ努力を怠っていた面は否めないかな。
4. 曖昧な目標設定
- 何を「変えるべき」かが具体的でないと、行動に移しづらいものです。漠然と「変わらなきゃ」と思っても、具体的な計画やゴールがないと、どうしても行動が停滞します。
- 個人でも、「変えたい」と思っても、何から手をつければいいのか分からず、先送りすることがよくあります。
これは、日本云々に拘らず、曖昧だと行動しづらいものね。
ただ日本人は、その具体性への落とし込みも苦手なのかも?
もちろん、それは私にも言えます(^^;)
5. 成功体験や過去の栄光への執着
- 日本全体としては、過去の成功体験(高度経済成長期など)が「変わらなくてもやっていける」という錯覚を生み出しているかもしれません。
- 個人でも、過去にうまくいった方法に固執して、新しいアプローチを試せないことがあります。
過去の成功体験って言っても、戦後からたった50年くらいだよね。
平成になってからほぼ30年以上、今度は長い停滞の時代を過ごしているんだし。
昭和的なパワハラ志向が今も続くのは、いい加減に改めねばね。
捨て去るには何を捨て去ればよいか?どうしたらよいか?
ではまず日本人が、そして私が「捨て去る」ためにはどうしたらいいか。これもAIに聞きました。(笑)
過剰なメンツへのこだわり
恥をかくことや体裁を気にしすぎると、素直な議論や新しい挑戦が難しくなります。無駄なメンツに固執せず、実質的な成果を重視すべきです。
無駄な形式主義
場の形式や慣習にこだわりすぎることで、効率や中身が犠牲になることがあります。形式よりも実質的な成果や効率化を重視する必要があります。
過去の成功体験への執着
高度経済成長期やバブル時代の成功に固執すると、現代の変化に適応できなくなります。過去の栄光に囚われず、今の時代に合った考え方を採るべきです。
「空気を読む」文化の弊害
調和を重んじるあまり、必要な時に自分の意見を言えないことがあります。新しいアイデアや改革には、時には空気を読まずに意見を言う勇気が必要です。
そうそう、過剰なメンツへのこだわり、わかるな。これは俺の中にもあるものだけど、そんなもん捨て去らなきゃいけないよな。安倍晋三政権時にも「忖度」なんて言葉が流行ったくらい、日本人は「空気を読む」事にこだわりすぎ。そして俺もここに躓いている。空気を読むのが果なくせに読もうとしていたからな。ならば最初から捨てちまおうって。(笑)
メンツや形式主義は、実質的に考えると無用なことが多いですね。本当に後で振り返ると、「なぜこだわっていたのだろう」と思うことがしばしばあります。成功体験についても、「過去は過去、これからは全く別!」と思い切って新しいことに取り組めれば良いのですが、実際、人間はなかなかそれができません。デンマーク人はこれに成功したけれど、日本人はうまくいかないのでしょうか。
私たちは何を変えればよいのか?
これもまたAIに聞きました。(笑)
柔軟な思考と行動
日本社会は保守的で、変化に対して慎重すぎる傾向があります。新しいアイデアや方法を受け入れる柔軟さが求められます。特に、過去の成功体験に固執せず、現代の課題に対応するためには柔軟な思考が必要です。
個人主義と自己表現の重要性
日本は集団主義が強く、調和を重んじる文化がありますが、個人の意見や自己表現がしにくい面もあります。個々の意見を尊重し、個人の自由をもっと大切にすることが、社会の多様性や創造性を高めるためには重要です。
効率化と無駄の排除
長時間働くことや過度な形式主義が社会に根付いていますが、これらは生産性を低下させる原因となります。無駄な手続きや慣習を見直し、効率化を図ることで、もっと創造的な活動に時間を使えるようにすることが求められます。
グローバルな視野と異文化への理解
日本は島国であり、外部の文化に対して閉鎖的な面がありますが、グローバル化が進む現代では、他国との連携や異文化理解がますます重要です。異なる価値観や視点を受け入れ、柔軟に対応する姿勢が必要です。
未来志向と長期的視野
日本は時に過去に囚われ、過去の栄光や価値観に依存しがちですが、これからの時代に適応するためには、未来を見据えた思考と行動が重要です。新しいテクノロジーや社会の変化に対応するために、常に学び続ける姿勢が求められます。
結局さ、これって先が見通せる頭脳と思考力が無いと無理だよな。
多分、日本人って模倣とかは天才的で、上げ潮の時は強いけど、下り坂になると一気に転げ落ちるというか、そういう時の思考能力に著しく弱くて、後は神頼み。いわゆるサバイバル戦略が下手なのかも。
サバイバル何てこの島国に籠ってりゃ必要ないわな。
でもいい加減それじゃいけないのよ。変えていかなきゃね。
一つ言えるのは「学び続ける姿勢」ですね。日本人は学生時代、必死に「受験勉強」をして、点を取ることに注力する傾向が強いですが、社会人になると、仕事で学ぼうとしないケースが多いです。学ぶことがあっても、ほとんどが仕事に関連する部分や、いわゆるスキルアップに繋がるリスキリングに偏りがちで、歴史や地政学、経済学、科学、音楽などの「教養」に関しては、ほとんど触れないのが現状ではないでしょうか。
稼ぐための勉強は必要ですが、これすら日本人はまだ十分に取り組んでいない気がします。しかし、稼ぐこととは別に、教養面についても学び続けることが重要です。さもなければ、先行きが不安になります。私も自分に必死に言い聞かせています。来年は一層学び続けます!
守るべきものはなにか?
では、日本人が、私が変えてはいけないものについて、これもAIに…(笑)
人間関係における敬意と礼儀
日本人は礼儀や敬意を大切にし、他人に対して思いやりを持つことが重要視されています。この基本的な人間関係のスタイルは、変えるべきではなく、むしろ現代においてもさらに深めていくべきものです。
協力と助け合いの精神
日本人の強みの一つに、協力して物事を進める力があります。困ったときにお互いを助け合う文化や、地域社会での支え合いは、現代社会でも重要であり、これを変えるべきではないと考えられます。
自然との調和
日本の文化は自然との調和を重んじ、四季折々の美しさを感じることが大切にされています。自然環境を守る姿勢や、環境への配慮は、これからも変えるべきではない大切な価値観です。
教育の重要性
日本は、学びの重要性を強く認識し、教育に力を入れてきました。教育への取り組みや、知識を深める姿勢は変えてはいけないものであり、これを基盤にさらに成長していくことが必要です。
独自の文化と伝統
日本には、茶道や書道、和食、伝統芸能など、独自の文化や伝統があります。これらは、日本人のアイデンティティに深く根付いており、時代が変わっても大切に守り続けるべきものです。
保守を標榜する割に、上記のことが全然できてない人が多いよな。
これも、戦前大日本帝国主義に侵されていて、そこに回帰したいだけで、本当の日本の古き良き伝統など糞くらえって感じで。
「人間関係に対する経緯や礼儀」なんかまるでないし(Xなどで見ても)、協力と助け合いも拒否している気がするし、独自の文化や伝統なんか知らないんじゃないか?自然との調和なんか、家にいてSNSに投稿しているだけで全く無視してるし。(笑)
エーショー西郷は話がいささか脱線してますね(^^;)
しかし、これらは「捨て去るべきもの」や「変えるべきもの」と表裏一体であり、変えようとすると必ずぶち当たる壁のように感じます。いざという時には、調和を図るよりも、どちらかを選ぶ果断な判断が必要、いや、必須だと思います。これができていなかったからこそ、日本は30年以上も低迷しているのではないでしょうか?
とはいえ、本当の意味で伝統を重んじていれば、その伝統は本当に素晴らしいものとして尊重されるべきです。そもそも、そういった大切なものは捨て去る必要はありません。しかし、その見極めが曖昧だからこそ、中途半端になってしまうのだと思います。新しいものと古いものは、調和できるはずです。要は、有用かどうかの判断が重要で、そこにメンツや形式主義が絡んでくるからこそ、厄介な問題となるのです。
長文をグダグダ書きましたが、この見極めと判断、そしてその判断がたとえ間違っていたとしても、それを認めて改善を急ぐ事が大事なんでしょうね。これは私にこそ言える事です。
2024年はこの記事を以て最後の更新とします。この5か月ほどでしたが、見ていただき誠にありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。
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